たとえ、門外漢(amateur)でも、
たやすく読めるはずの法律の条文を、
まさしく読めるようにしようとするのが、
このブログの密かな使命(mission)です。
堅物(かたぶつ)でしかめっ面の条文には、
『北風と太陽』の二回戦目のように、
ゆるりとした心構えで取り組むのが得策
なときもあります。
そこで今宵は、
「んっ、不測の「附則」?」
のトピックで、憩(いこ)いの
ひとときを過ごしましょう。

学舎横の桜並木を通り抜け、
自室に戻ってから、
日没時の気だるさを、
爽やかなシャワーで流して…
それでは、はじまり、はじまり…
Table of Contents
1 義務と努力義務は同類?
【第4回】と【Exercise4】で、
「施行期日」(附則第1条)の話に移ると、
途端に、プログラム言語のような「附則」が登場して、
顔をそむけた方もいらっしゃったと思います。
嫌気(いやけ)が差すことは、サッと忘れて、
さっそく愉しい話題に花を咲かせましょう。
(1)「注意書き」が怪しい
ということで、
パワーハラスメントの防止に関するパンフレットに、
「注意書き」として、次のような内容を見つけました。
「※ 改正法の施行は2020年6月1日ですが、
パワーハラスメントの雇用管理上の措置義務については、
中小事業主は2022年4月1日から義務化となり、
それまでの間は努力義務となります。」
「この文章のどこが愉しい話題なんだ。」
と、ストレートに思われた方、
神経が正常に働いている証拠です。
素直に喜びましょう。
ところで、これを読まれて、
「なるほど~、中小事業主は、努力義務 ⇒ 義務
の段階を踏むんだ。」
と感心しているところではありません。
「だって国のパンフレットに書いてある…」
って、法律の素顔を愉しむコーナーですから、
二次情報に過ぎないパンフレットは、脇に置いときましょう。
(2) 努力義務の根拠を追え
さて、ここからが本題です。
「中小事業主は、パワハラ防止措置について、
令和4(2022)年3月31日までは努力義務で、
同年4月1日から義務となる。」
という内容は、いったい、
何処(いずこ)の法律の、どこに規定されているでしょうか。
この点、パワハラ防止措置の根拠条文については、
【第3回】の「パワハラの旅」で取り上げたように、
「労働施策の総合的な推進並に労働者の雇用の安定及び
職業生活の充実等に関する法律」
(昭和41年法律第132号)
第30条の2でした。
確かに、同法第30条の2には、
パワハラ防止措置の義務が規定されていますが、
令和4(2022)年3月31日までは努力義務
という内容は書かれていません。
また、その近辺の条文を探しても、
努力義務に相当するようなものは
見当たりません。
2 パワハラの隅っこ暮らし
(1) 根拠条文が迷子
それでは、中小事業主に係る努力義務は、
何処の法律に隠れているのでしょうか。
パワハラ防止措置の根拠条文である、
労働施策総合推進法第30条の2
の近辺には見当たらないので、
当該規定が設けられた経緯にさかのぼってみましょう。
【第4回】2(3)には、次のように経緯が記されています。
「令和元年5月29日、
「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律
等の一部を改正する法律」
(令和元年法律第24号)
が成立し、同年6月5日に公布されました。
同法第3条により、
「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定
及び職業生活の充実等に関する法律の一部改正」
が行われ、それにより、
「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定
及び職業生活の充実等に関する法律」
に、第30条の2 (雇用管理上の措置等)が新設されました。
このパワーハラスメント防止に関する規定については、
改正女性活躍推進法(略称)の附則第1条
各号列記以外の部分により、
「公布の日から起算して一年を超えない
範囲内において政令で定める日」
(令和2年6月1日)から施行されました。」
あれっ、後半の下りに
怪しげなセンテンスが見つかりましたね。
お気づきになりましたか。そう、末尾の
「改正女性活躍推進法(略称)の附則第1条
各号列記以外の部分により、」
の箇所です。
というのは、
「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定
及び職業生活の充実等に関する法律」
第30条の2 (パワハラ防止措置)
に係る施行期日は、
改正法律(束ね法)である、
「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律
等の一部を改正する法律」
の「附則第1条各号列記以外の部分」
に規定されている、ということです。
実は、当該施行期日を定めている附則第1条について、
市販の法令集(六法全書)では、
根拠法律(実体法)となる、
「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定
及び職業生活の充実等に関する法律」
の附則の末尾にペタッと張り付いて記載されています。
しかし、実物は、改正法律(束ね法)である、
「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律
等の一部を改正する法律」
の附則に規定されているんです。
これって、意外と知られていない特ダネですよ。
そして、パワハラ防止措置については、
その根拠法律(実体法)である、
「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定
及び職業生活の充実等に関する法律」
(第30条の2)
だけでなく、
その改正法律(束ね法)の附則にも、
施行期日を含め、何かしらの関連事項が
規定されている可能性がある、と推測できます。
(2) 束ね法の附則を探せ
そこで好奇心を抱いて、附則第1条以降を探してみると、
それっぽい条文が見つかりました。
〇 女性の職業生活における活躍の推進に関する法律
等の一部を改正する法律 (令和元年法律第24号)
附 則
(中小事業主に関する経過措置)
第3条 中小事業主(国、地方公共団体及び
行政執行法人以外の事業主であって、
その資本金の額又は出資の総額が三億円
(小売業又はサービス業を主たる事業とする事業主
については五千万円、卸売業を主たる事業とする事業主
については一億円)以下であるもの及び
その常時使用する労働者の数が三百人
(小売業を主たる事業とする事業主については五十人、
卸売業又はサービス業を主たる事業とする事業主
については百人)以下であるものをいう。
次条第二項において同じ。)については、
公布の日から起算して三年を超えない範囲内
において政令で定める日までの間、
新労働施策総合推進法第三十条の二第一項
(第五条の規定による改正後の労働者派遣事業の
適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律
第四十七条の四の規定により読み替えて適用する場合
を含む。次条第二項において同じ。)
中「講じなければ」とあるのは
「講じるように努めなければ」と、
新労働施策総合推進法第三十条の四、第三十三条
第二項及び第三十六条第一項
(これらの規定を新労働施策総合推進法第三十八条
第二項の規定により読み替えて適用する場合を含む。)
中「第三十条の二第一項及び第二項」とあるのは
「第三十条の二第二項」と、新労働施策総合推進法
第三十五条中「並びに第三十条の二第一項及び第二項」
とあるのは「及び第三十条の二第二項」とする。
こうなると、ほとんど暗号にすら見えますね~
もう、字面を読むというより、パズルを解く感覚でしょうか。
まっ、これでも上手く改行したつもりですが、
プログラム言語のように括弧が多く、格好悪いので、
それらを省きましょう。
そうすると、相当スッキリします。
〇 女性の職業生活における活躍の推進に関する法律
等の一部を改正する法律 (令和元年法律第24号)
附 則
(中小事業主に関する経過措置)
第3条 中小事業主(…略…)については、
公布の日から起算して三年を超えない範囲内
において政令で定める日までの間、
新労働施策総合推進法第三十条の二第一項
(…略…)中「講じなければ」とあるのは
「講じるように努めなければ」(…略…)
とする。
これなら、読み続ける活力が湧いてきたでしょうか。
後半の太字の箇所を読むと、
パワハラ防止措置に係る義務が努力義務に
置き換わっていますね。
これこそ、探し求めていたものの正体です。
でも、いつの時期まで、努力義務なのかは、
依然として判然としません。
(3) さらに政令を探せ!
そこで、先ほどの
改正女性活躍推進法(略称)の附則第3条
における前半の太字の箇所を読むと、
努力義務とされる期限は、
「公布の日から起算して三年を超えない範囲内
において政令で定める日までの間」
とされています。
ここでも、政令に委任しているのか
とつぶやきながら、政令を探すと、
「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律
等の一部を改正する法律の施行に伴う関係政令の
整備及び経過措置に関する政令」
(令和元年政令第211号)
第8条により、
「令和4年3月31日」
とされています。
つまり、中小事業主に係る経過措置について、
「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律
等の一部を改正する法律」
附則第3条により、
令和4年3月31日までは、
「努力義務」となり、
それ以降は、本則である、
「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定
及び職業生活の充実等に関する法律」
第30条の2第1項により、
「義務」となります。
めでたし、めでたし。
これで、今回の旅の終わりに近づいてきました。
3 Enter the Ninja
ここまで、石にかじりついて読破された方、
誠におめでとうございます。
何かを成し遂げたときの達成感と、
だからどうした、という虚無感。
附則には、そうした2面性があります。
誰でも、法律の本則に目が向かいがちですが、
附則には、
法律の効力が一般的、現実的に発動する施行期日や
中小企業事業主等に係る経過規定など、
法律が実際に動き出すときに必要な仕掛け
が実装されています。
まさに、普段考えないような、
不測の事態を想定した規定群です。
法律の表が本則なら、裏は附則。
本則が武道であれば、附則は忍法でしょうか。
法律の企画・立案を担当する者にとって、
年金関連法や税法に規定されている附則の大群は、
立法技術の天王山に座しています。
ここまでたどり着いた皆さんは、
目の付け所が違うエキスパート(達人)、
いや、目の位置が違うエスパー(超人)
への道を、歩み始めているのかも知れません。
今宵は、これでおしまいにしましょう。
それでは、また。
